河野弁護士対談
■2012年12月1日 木村達也弁護士 vs 河野聡対談
■2010年11月23日 弘至孝公証人 vs 河野聡対談
■2009年9月21日 湯浅誠氏 vs 河野聡対談
■2009年8月16日 宇都宮健児氏vs河野聡対談
 
2010年1月22日 雨宮処凜さん vs 河野聡対談
ワーキングプア・反貧困のミューズ 雨宮処凜と語る
河野 :  雨宮さんよろしくお願いします。雨宮さんは講演は堅苦しくて聞くほうも退屈ではないかということで対談をご希望されたので、私からインタビューをする形の対談を進めさせていただきます。
 雨宮さんが以前は右翼に加入されて、またパンクバンドをやられていたということを本を読まれた方も多いと思います。私も父親が自衛隊員だったので、二十歳までは右翼だったんですよ。
   
雨宮 :  右翼的な活動をやっていたんですか?
   
河野:  誘われて、押しつけ憲法は無効だという集会などに出ていましたね。
   
雨宮 :  へえ〜、今そんなこと言って仕事に影響ないですか?
   
河野 :  今は違いますので。まあ二十歳ぐらいからちょっとずつ変わりました。
  雨宮さんは今、プレカリアートという不安定な労働者の問題に取り組む活動をされていますね。「右翼と左翼とどう違う」という本を読ませていただきましたが、思想ということに対して非常に熱心に研究されて、ご自身も迷ってきたという感じがしますが、そういう生き方はどういうところから生まれてきたのでしょうか。
   
雨宮 : 河野弁護士  私はまったく思想に真剣じゃないとよく言われます。
 今も右翼から左翼に転向したと言われますが、自分的にはそういう意識はまったくないですね。ただ自分が中学校の頃にいじめを受けたことで、プレカリアートの問題や不安定労働者と自分が重なってすごく共感を持っているかもしれない。周りの人、皆が敵、ライバルとして突き落とすみたいな、金銭的・物質的価値観のみを優先される、そういう生きづらい社会のあり方が根底にあるのではないかというようなことを考えて活動しているという感じですね。
 ただ、私は今、35歳ですが、就職氷河期世代というか、ロストゼネレーションの世代でもあるので。この世代って学生の時は景気がすごくよかったんですよね。努力すればしただけいい学校に行けるし、いい大学に行けるし、いい会社に行けるといった、そのことをずっと80年代の教育の中でたたき込まれてきて、私は93年に高校を卒業して美大を目指して上京しましたが、美大を二浪してフリーターになった。その頃にはバブルが崩壊していて、自分が社会に出る頃には学生時代に言われたことがガラッと変わっていたんです。すごくがんばっていい大学を出た人もまったく就職できなくなっていった。私は94年に19歳でフリーターになったのですが、どんどん景気が悪くなって時給が下がっていくという中で、世の中が教育課程で教えられていたことと全く違う領域に入っていくように思えました。これからは本気で社会や政治のことを考えないと生きられないのではないかと思って、右翼とか左翼とか、どっちがどっちか分かってなかったけれども、何か社会に文句を対談10つけている人たちがいるらしい、みたいなその程度の認識で、最初に左翼の集会に連れて行ってもらったんです。
 でも、ほとんど専門用語ばっかりで言っていることが全然分からなくて、それで右翼のほうに行ったらすごく分かりやすかったという、ただそれだけですね(笑)。それで入ってから2年ぐらい経って、自分はいわゆる右翼という考え方とは違うなと思ってやめたという経歴ですね。雇用不安と愛国心的なナショナリズムみたいなことがこの数年言われていますが、すごく排他的なナショナリズムが若い人たちに流行している。自分はそういう第一世代だったのかなという感じがします。
   
河野 : 対談風景  私は今ちょうど50歳になりましたが、私の世代は上の世代が学生運動で失敗してそれを見て失望している、そういう世代だと思うんですよね。私も左翼はどういうものかという本はけっこう読みました。ちょうど統一教会が出始めた時期で多くの若者が宗教に走った、そういう世代ですね。
   
雨宮 :  95年、私が20歳の時にオウム事件、地下鉄サリン事件があって、あれも私が受けた影響はすごく大きかったですね。あの時の報道で戦後日本の価値観だとか教育が間違っていたからああいう宗教に走る若者が生まれたのではないかという、戦後日本の価値観を問い直すような流れがあり、オウム事件は私にとって日本の価値観が崩壊するような感じがしたんですね。
 地下鉄サリン事件の2カ月前には阪神淡路大震災があって、戦後日本の繁栄が崩れ落ちていく、そういう中で自分は低賃金のフリーターとしてしか社会に参加していないし、なかなか着地もできない。そんな中で、本気で自分がこれからどう生きていくか考えたときに、たまたま左翼の人たちの言葉より右翼の人たちの「今の若者が生きづらいのは当たり前だ」的な言葉がすごく自分の中でストンと落ちた。
   
河野 :  プレカリアートという若い人の置かれている非正規雇用とかフリーターの問題を取り上げていらっしゃいますが、雨宮さんが20代〜30代の若い人たちの状況に特に注目されているのはどういうことからでしょうか。
   
雨宮:  う〜ん、私は19〜24歳まで5年間フリーターで、25歳で一冊目の本を出して物書きになったけれども、自分がフリーター時代にめちゃくちゃひどい目に遭ったということが大きいですね。
 物書きになってから6年間は生きづらさ、自殺とかリストカットとか自傷とか、そういう取材をしていたのですが、その人達が若くして死にたいと思ったり、実際に命を絶ってしまったりするのは個人的な心の問題が多いのかなとずって思っていました。
 だけど、もしかしたらその人達の背景に社会の構造的な問題があるのかなと思い始めた頃にプレカリアートという言葉に出会いました。「フリーター全般労働組合」という労働組合があるのですが、その労組が「プレカリアートの企みのために」というメーデーを2006年にやったんです。そのメーデーに行って、初めて新自由主義のことだとか、市場原理主義と自殺の問題だとか、あと「自己責任」という言葉がすごく政治的に利用されているのではないか、というような事を知りました。それと、当時はまだ「発見」されていなかったネットカフェ難民のこともそこで初めて知りましたし、95年の日経連の「新時代の日本的経営」という報告書のことも知ってびっくりしました。その日経連の報告書は、働く人を3つに分けて、これからは一部の人を使い捨て労働力にしましょうという提言をしているわけです。そういう話を聞いて今まで自分が取材していた問題の背景にあった様々なことが、一本の線としてつながったという感覚があります。若い人の自殺や生きづらさの問題は労働の破壊や生活の破壊が背景にあったということがわかったその瞬間「あっ、このことだったか」と腑に落ちましたね。
   
河野 :  話が変わりますが、雨宮さんの今の格好が「ゴスロリ」というふうに言われますが、それはどうしてそういうファッションをなさるようになったのでしょうか。
   
雨宮 :  今日はそんなに過激ではありませんが、頭がおかしいんじゃないかみたいなひどい格好をしていることがけっこうあります。
 私はフリーター時代にキャバクラで働いていたんですね。普通のバイトで時給がどんどん下がって食べられなくなった時、キャバクラだと時給3,000円だったんですね。何とか一人で生活できるということで働いていたんですけれども、キャバ嬢ってセクハラがすごいんですよ。そんな中、25歳で物書きデビューをして、もう絶対にセクハラに遭わないと思っていたら、一部マスコミ関係者のおやじによるセクハラ的なことがあった。それがすごく嫌で、どうやったらセクハラに遭わずにすむかと考え、ゴスロリは絶対にセクハラおやじが欲情しないと思って、そしたら見事にセクハラが終わりました(笑)。
 このファッションにはそういう効果があるんです。セクハラする人はセクハラするくせに人に変態だと思われたくないというプライドがあるらしく、こういう格好の人にセクハラしたら人格を疑われると思っているので。セクハラで悩んでいる方が周りにいるという方は、ゴスロリを着れば明日から自由になれるとぜひ伝えていただければと思います(笑)。
 それにこういう格好したら街を歩いてもキャッチセールスに遭わないという効果もあります。もちろん、私自身がこういう格好が好きというのもあるんですけれどね。
   
河野 :  なるほど、わかりました。さて、雨宮さんの本、今日は「生きさせろ!」と「生きのびろ!」を販売しています。私は「生き地獄天国」という本も読ませていただきましたが、その中で中学校の頃にいじめを受けたというお話がありました。うちの事務所は「子どもいじめ虐待相談センター」の事務局をしていますのでいじめについて聞かせてください。
 「生き地獄天国」によると中学校の頃雨宮さんは同級生からひどいいじめにあって苦しんだ。ご両親には言えないし、言っても理解してくれなかった。ところが、高校生になってお母さんの態度が急に受容的になって何も言わなくなったというところがあって…。
   
雨宮 :  そうですね。カウンセリングに母が行って変わった。
   
河野 :  今振り返って現在の自分に及ぼすいじめの影響とか、あるいはお母さんの態度が変わったことでどういうふうにいじめの影響を脱することができたのかというところをお聞かせいただければと思います。
   
雨宮 :  いや、あまり脱してないですね。逆にそういうマイナスな経験も無理やりプラスに反転させて、自分が書いたり活動したりする原動力にしている。燃料として使っているという感じですね。なので、何かを脱する必要もないのかなと思っております。そういう負の経験をみんな忘れたくて、そこから脱却したくてあがいて、それがまた生きづらさになったりするわけですけれども、あまり脱しようとしないようになった分私は楽になりました。それを受け入れて、もうこれをネタとして食って行こうみたいな、そういう利用の仕方を私自身はしているので、はい。
   
河野 : 河野弁護士  分かりました。あと「生きさせろ!」で、若者がいろんなかたちで反乱をしているというようなこと、「生きのびろ!」のほうではいろいろ実践例を書かれていますけれども、ロストゼネレーションと言われる世代の人たちの活動は社会にも大きな力となって影響を与えていくとお考えでしょうか。
   
雨宮 :  皆さん、「キャバクラユニオン」って知っていますか?一昨年の年末に出来たんです。先ほどの「プレカリアート」という言葉をつかったメーデーが2006年に東京で初めてあったんですが、それをやったのが「フリーター労組」というところで、そのフリーター労組が「キャバクラユニオン」とか「アパレルユニオン」とかそういう分会をいっぱい作っているんです。その「フリーター労組」が毎年メーデーを呼びかけていて、プレカリアート運動の代表的な労組なんですが、この運動は「無条件の生存の肯定」というのを一つのスローガンにしています。
 「フリーター労組」の組合員は今は200人くらいいると思うんですが、フリーターなり、派遣なり、非正規で働く人、生活保護を受けている人、ニートの人たちが集まって労働組合をつくって活動をしていて、実際に組合として団体交渉とかをしています。労働/生存組合と呼んでいて、生存部会というところがあって、生活に困ってネットカフェ生活をしている人に生活保護申請に同行するとかそういう活動もしているんですね。今までなかったですよね、フリーターとか非正規の人が連帯して「生きさせろ」と訴えるような活動は。
 連帯ということで言えば、ネット心中というのが2003年に出てきたんですけれども、その頃私はまさにそういう生きづらさの取材をしている真最中で、若い人たちがネットで自殺相手を募って一緒に死ぬ、「連帯して死ぬ」「死ぬための連帯」というところまで状況が行き着いているということですごく絶望的な思いをしました。自分と同世代の人たちは労働環境も悪いし、就職氷河期世代で本当に追い詰められて、それで心が病んでいくのを見てきました。ネットで出会った人と死ぬために連帯して、本当に死んでしまうということが周りでも続いたりして、これは一体どうなってしまうんだろうと思っていたのがちょうど2003年ぐらいです。その果てに2005、2006年からニートやフリーターの人たちが、実は自分たちが異様に生きづらいのは心の問題だけじゃなくて、若者の労働環境が厳しくなっている事が問題だと、プレカリアート運動・フリーター労組なんかが出てきて、私はものすごく勇気をもらった。反貧困ネットワークだって全国に広がっているわけですしね。ロストジェネレーション世代の活動は社会に広がっていると思います。
   
河野 :  雨宮さんは、フリーター全般労働組合ではどういう立場ですか?
   
雨宮 :  組合員になりました。
   
河野 :  組合員になったのですね。現在はどういう活動をしていますか。
   
雨宮 :  キャバクラユニオンが出来たりして、キャバクラでも労働組合が出来るっていうことは、状況があまりにも悪くなっていることの象徴だと思うんです。私もキャバクラで働いていたからどれだけ労働基準法無視のひどい状況か分かるのです。
 例えば私が働いていた98年は、風邪引いて休むと、連絡をしても1万円罰金があって、遅刻しても1時間5,000円罰金、無断欠勤は1万5,000円の罰金。でも、最近キャバクラユニオンの人に話を聞くと、罰金が5倍ぐらい跳ね上がってて風邪引いて休むと5万円取られるとかになってる。でも、キャバクラなんだからしょうがないとか、高い時給だからしょうがないって店側が言うんですよね。キャバ嬢たちもけっこうそう思っていたりするんですけど、実は労働基準法で罰金の上限って決まっているじゃないですか。日給の50%以下とか、月給だと月給の10分の1以下とか決まっていて、それが就業規則に書いてないと罰金を取ってはいけない。そういうことが法律で決まっているのに本人は知らないし、誰も今まで声を挙げてこなかったからこの10年間で罰金が5倍になるみたいなむちゃくちゃなことが起きている。
 今、キャバクラ労働者までも組合を立ち上げ、団体交渉とか争議とかをしていくことは、私はすごくいいことだと思いますね。自分の権利に対して声を挙げるということを今まで誰もしてこなかったからどんどん権利が切り崩されていって、日雇い派遣の現場もひどい状況になっていたので、そういうことに対してはどんどん声をあげるべきだと思います。
 私も給料未払いとかの問題があったキャバクラの争議に行ったことがあるんですよ。営業中のキャバクラにみんなで入っていって「フリーター労組だ」とか言って、いきなり団体交渉の申入書を読みあげて、お客さんたち皆きょとんとして。その日はちょうど店長の誕生日で、すごく悪い店長なんですよ。誕生日ケーキを持って行って皆でハッピバースデイを歌って、キャバクラのお客さんは皆酔っ払いだから一緒になって盛り上がっちゃって、それで最後にケーキと一緒に団体交渉の申し入れ用紙をつき付けて帰ってくるという。そういう争議なんだか演劇なんだかわかんないようなこともやっていますね。
   
河野 :  ある程度そういうのは楽しんでやっている部分もあるんですね。
   
雨宮 :  そうですね。おもしろがっています。
   
河野 :  労働者派遣法の改正がこう着状態で棚ざらしになっていますが、このままでは法律成立どころか、成立もせず悪くなるんじゃないかという問題がありますが、これについてはどうお考えですか。
   
雨宮 :  やあ、本当にそれはとても重要。当然私も、派遣村があったからこそ政権交代が起きたと思っていたし、政権交代した直後は派遣法改正の優先順位が高かったと思うんですね。
 でも、貧困がブームとして消費されていくような過程で優先順位がどんどん低くなっていって、いまだに成立しないことは本当にはがゆく思っていますね。
   
河野 :  マスコミも忘れてしまっているようで、テレビでも最近、派遣問題とか言わないですね。
   
雨宮 :  本当にそうですよ。でも、状況はまったくよくなっていない。
 ぜんぜん関係ないですが、私はビジュアル系バンドがすごく好きですけれども、先日、ネットカフェから、所持金200円で携帯が止まって住むところもなくてもうあきらめようと思いますというメールが来て、翌日会ったら自分の知っているビジュアル系バンドのメンバーだったという、そういう驚愕のことがありました。その人は去年の3月からネットカフェ生活だったようなのですね。だからもう1年近くネットカフェに住みながら日払いの仕事をしていて、それだと絶対にその日暮らしから抜けられないですよ。しかもびっくりしたのは、社会福祉協議会からお金を借りていると言っていて、どういうことなんですかと聞いたら、東京都がネットカフェ難民に賃貸物件の入居費用を最大60万まで貸し付けるという制度を2008年にやったんですね。ネットカフェとかその日暮らしのホームレス状態の人たちがお金を借りてアパートに入れるようにしましょうという制度。それで彼も自分でちゃんとアパートを借りていたんですよ。
 でも、仕事が不安定だから住居を手に入れても維持できない。仕事が不安定な限り住むところを維持するということも難しいし、その貸付金は口座から毎月引き落とされるからその返済もかなり大変だと思いますね。しかも仕事は日払いになので1日7,000円とかもらいながら暮らして、その上さらに引き落としがあるわけですから。ネットカフェ難民の人に敷金、礼金、引越し費用を出すよという制度は、いい制度だと思っていたのに、結局2年後3年後にこういったかたちでまた路上に出されてしまうということにすごくびっくりしました。
   
河野 :  雨宮さんは本にホームレスも一たん部屋を確保すればそれで済むということではないと書かれていました。
   
雨宮 : 河野弁護士  その人の件ではフリーター労組の人にすぐに連絡取りました。フリーター労組は「自由と生存の家」という低所得の人たちのアパートを自分たちで経営しているんですね。
 フリーター労組の組合員は年収180万ぐらいの人が多くて、家賃が年収の3分の1から半分ぐらい。住宅費って東京では特に高いですからね。そういう中で、低所得者でも安心して暮らせるアパートを自分たちでつくろうということで「自由と生存の家」というアパートの運営をしています。組合員も住んでいるし、今お金がぜんぜんなくて住むところがなくて行くところもないという人が来た時には緊急的に使っているようだったので、そこに連絡をしたら1部屋たまたま空いていた。それでそのビジュアル系の人には「路上からできる生活保護申請ガイド」を渡して、そこについている生活保護申請書を書いてもらって、フリーター労組の人と一緒に福祉事務所に行って生活保護の申請をして、役所の人には今日から「自由と生存の家」に泊まるのでそのお金と生活費を出してくださいと話をつけて1日2,000円出してくれることになって、無事に「自由と生存の家」に入ったんです。
 それが3日、4日前ぐらいです。そういうふうに支援者がかかわれば自殺せずにすむし生活再建がその日からできる。でも、生活保護申請に行く前日に高熱を出していたその人は、自殺も考えていたと言いました。情報を知ってるか知らないかで生死が分かれてしまっている。法律の使い方を知らないでどうにもならないと自殺している人もたくさんいるわけですよね。これはおかしいと思います。
 あと、ホームレスなりたての瞬間に自殺する人が多いとも聞きます。なので、最近あまり報道もなくなっているのが恐いことだな、世の中全体が自殺とか貧困問題に麻痺しているんじゃないかな、と思いますね。
   
河野 :  「生きさせろ!」の中で、正社員についても長時間労働とか過労死の問題を取り上げておられますけれども、労働組合の組織率も2割を切っているという状況の中で、正社員の労組もこの状況を変えるためにどういうふうにしていったらいいとお考えですか?
   
雨宮 :  正社員もナンチャッテ正社員というか、非正規以下という人も多いですよ。ショップ99というコンビニ、大分にはありますか。売っている商品が99円なんですね。そこで働いている人なんか48時間勤務とか、とにかく1日20時間以上働くとか、シフトもぎりぎりで回しているから誰かが休んだら具合が悪くて寝ていてもたたき起こされてすぐに店に行かなくちゃいけないというような状況で。
   
河野 :  既存の労働組合はけっこう正規・非正規の対立から脱却していないという感じがしますが、「フリーター労組」との関係も含めて、正規・非正規の対立は解消できるんでしょうか。
   
雨宮 :  いや、私はぜんぜん対立をしているとは思わないですね。たぶん自分が最初に労働組合というのに関わったきっかけが「フリーター労組」という、いわゆる労働組合の感じではない、とにかく自分たちが大変だから何とかしなきゃというので立ち上がった人たちなので。非正規だったり不安定雇用だったりすると組織化とか難しいですよね。仕事が流動的だし、住む場所も流動的という中で、緩やかなネットワークとしてつながっているというのが自分たちにとっては自然なかたちなんですね。なので、労働組合とか会社とセットみたいなのとはまったく違ったネットワークが自分たちには必要だと思っています。でも、正社員の労組と対立するところはない。
   
河野 :  例えば大労組が非正規の問題について自分たちの既得権を守ろうというところがあるのかなという感じがしますけれども。
   
雨宮 :  ああ、そういう問題ですね。いや、そういう大労組は何を考えているか分からない。だって90年代前半からもう若者の貧困って始まっていたんですけれど、既存の労働組合はそれをまったく労働問題として考えずに企業と一緒になって若者バッシングをしていたんじゃないかな。だからこそ「フリーター労組」とかが出て来て。でも、自分たちの問題は自分たちで問題解決するのが一番いいと思う。その時に正社員中心の労組からいろんな知恵をもらうとか、正規と非正規の利益はぜんぜん対立しないと思います。
 雇用側が正社員の賃金を下げろと言ったら、非正規のほうがもっとひどい目に遭うというのが分かっているわけですし、そのへんの問題意識は共有されていますね。
   
河野 :  少し話題を変えますが、生活保護支援九州ネットワークというのがあって、九州全体の生活保護の相談を受け付けるという活動をしています。うちの事務所はその事務局として電話相談を担当しています。今日の報道では生活保護費が3兆円を超えたということが出ていましたが、国はどちらかというと利用させないために自立させる方針でやってきていますけれども、生保九州ネットでは気軽に利用することを勧める運動をずっとやっています。
 雨宮さんは現状、生活保護の問題はよくなってきているとお考えでしょうか。
   
雨宮 :  自分の実感とか周りの話では、政権交代してから生活保護は受けやすくなったとみんな言いますね。特に大阪はガラッと変わったというのはよく聞きます。
   
河野 :  我々は生活保護の裁判をやっているんですが、政権が代わったら国の訴訟の対応が変わるかと思ったらぜんぜん変わらなくてひどい対応をされているんですけれども。保護を受けることについては確かによくなったんだろうと思いますね。
 派遣村がきっかけになったこともあるかもしれませんが、生活保護のファックス申請は東京ではけっこうやっていますね。あと、国の動きは政権交代も含めて、ハローワークとか労働局が中心に総合相談というのを始めようとしていますよね。
 それと、パーソナルサポーター制度というのを今検討していますが、こういう方向性についてはどうでしょうか。
   
雨宮 :  私はすごくいいと思います。もっと気軽に利用できて110番レベルで電話すれば救助が来てくれるぐらいのものができるともっといい。
 ちょっと話が変わりますが今日はここに若者ホームレス白書というのを持ってきました。「ビッグイシュー」って大分にありますかね。ホームレスの人が売っている雑誌です。
   
河野 :  聞いたことがあります。大分で売っているかどうかちょっとわかりません。
   
雨宮 :  ホームレスの人が販売して一冊売れたら160円がその販売員の人に入るという仕組みです。で、ビッグイシュー基金というのがあって、そこで「若者ホームレス調査」というのをしたんですね。初めて「若者ホームレス」というくくりで20代30代のホームレス状態の50人に聞き取りをした。50人では少ないのかもしれませんが、国もどこもやっていない調査なので貴重なデータです。ビッグイシュー基金のサイトとかでたぶん読めると思いますけれども、そこで私も委員として関っていろんな提言をしています。
 例えば韓国では「希望の電話129」という番号があってその129に電話をしたら福祉の部署につながるというシステムになっているらしいですね。だから例えば本当に死にそうな時とか本当にお金がなくて何日も食べてないとかそういう時に、その番号を覚えてて、そこを押せば何とかなるというようなシステムが日本にも必要ではないか。私が先ほど話したビジュアル系の方の支援でも感じました。
 今回の支援で一番の問題だったのは携帯が止まっちゃっているのでこっちから一切連絡が取れない。で、その人はネットカフェに入るお金もないから道端で携帯ショップの無料体験コーナーで商品を見ている振りをしながらこっそり私からのメールをチェックしてこっそり返すみたいなことをしてくれて、それでかろうじて連絡が取れました。携帯が止まった瞬間に誰とも連絡が取れず、連絡先がないから仕事も見つからない、どうにもならなくなる。110番みたいにそこに電話すればとりあえずここに来てと言ってくれるような制度があったらいいなと思いますね。
   
河野 :  こちらでも去年と一昨年、労働局とかハローワークとかでみんな一緒になって相談会をやったのですが、相談件数がだいぶ減っているんですね。あと多重債務相談も国がやるようになって、都道府県や市町村に窓口はありますが、相談件数が減っています。貧困問題に関して社会の関心が薄くなってほとんど報道されないから世間の人が問題について知らない、でも問題はある。そんな中で、総合的な窓口があって、そこに連絡すればどんな相談でも受けてもらえるというものがあるといいでしょうね。パーソナルサポーターというのはちょっと方向性が違うんでしょうか。
   
雨宮 :  伴走型支援ですね。とにかく行政に一緒に動いてほしいという希望が私の中ではあるので、方向性としては行政の緊急の窓口が必要です。緊急の時につながるのが一番いいと思います。
   
河野 :  まず、緊急の窓口をつくるということですね。子どもの場合そういう窓口がないですよね。うちの事務所は私や上垣内弁護士が去年、日弁連の人権大会で子どもの貧困の問題のシンポジウムをやったときに実行委員として研究をしました。
 子どもの貧困、あるいは虐待に遭っている子どもが救われるためにどうしたらいいのかという問題を考えるわけですが、これが一番難しいなと感じます。国の消費者委員会がつくられていますから、私達はそれと同じように子どもの問題については「子ども委員会」というのをつくってそこが全部一手に把握したり、「子ども省」をつくって政策を作っていく、というようなことを提唱したりしましたが、雨宮さんはどうお考えでしょうか。
   
雨宮 :  去年、大阪で1歳と3歳の子どもが置き去りにされるという痛ましい事件がありましたよね。あの場合、子ども本人は動けないわけですが、その支援は子ども自身が電話できるとかそんなイメージでしょうか。それとも近隣住民なり大人の力を借りつつやるというイメージでしょうか。
   
河野 :  年齢に応じて専門家が対応していくイメージです。現在は幼児については妊娠中から出産後の「こんにちは赤ちゃん事業」というのがあります。生まれてから6カ月ぐらいが一番虐待が多いと統計に現れています。その頃に保健師さんが訪問する制度、それが広がっています。大分県中津市というところがその取り組みを一生懸命やっていますが、小さい子どもについてはそれを広げることで対応するしかないのかなと思います。
 私がやっているNPO はある程度自分で連絡できる子ども〜小学生、幼稚園〜ぐらいからを想定していますが、連絡すれば相談できるホットラインを国がどんどんやっていくといいのではないかと思うのですけれどね。
   
雨宮 :  虐待については親本人が助けを求めてくれるのが一番重要だと思いますが、虐待する人は虐待していることを認めたくないという心の壁があるんですよね。そこをどう超えるか、どこからが虐待なのか、そのへんがすごく微妙で難しいと思います。
 このことで言うと、「若者ホームレス白書」に出てくる若者50人は児童養護施設出身の方が少なくないです。施設出身だと、失業しても実家に頼れない。18歳で施設を出されて、高卒で働いてそこからすぐに自立しろというのは時代に即してないなと思いますね。中卒や高卒で親に頼れないという圧倒的に不利な状況で放り出されてもその後、国としては何もフォローも支援もしていないのは問題だと思います。
 例えばイギリスでは30年前から若者のホームレスという問題が出てきて、その時にやっぱり多かったのが養護施設出身者なので、養護施設出身者に対する特別な支援があるということらしいですけれども、日本はそれすらも知られていないということですね。
   
河野 :  今言われたように、児童養護施設は18歳でもう法律上は保護がなくなって、そのあとをフォローする施設が十分ではないという現実はありますね。
 話は変わってせっかくお越しいただいたので大分の話題に移りたいと思いますが、地方は最低賃金も低いとか、大分に出てくる大企業が工場をつくるときに分社化して、賃金を安くできるということが報道にも出ていましたけれども、それでどんどん地方が貧困になっていくスパイラルがあると思います。
 地方は農業が完全に崩壊してしまって農家が農業を続けることがきない状態で自己破産に至り、土地を失って地域が崩壊してしまうという問題があります。雨宮さんは北海道ご出身ですが、このような地方の状況、都会と格差が埋まらないことに関して、どうお感じでしょうか。
   
雨宮 :  そうですね。私の出身は北海道滝川市で札幌から1時間ぐらいのすごい田舎なんですね。もう仕事がなくて、なくて、という状況。そういう滝川市の弟の友だちの話を聞くと正社員で月収10万とかなんですよね。それが当たり前になってしまっている。
 しかも北海道は中国人とかの外国人研修生を使っていて、一緒に働かせて低賃金をがまんさせるみたいな事があって、若者は低賃金でも外国人研修生よりもいいんだから我慢しろみたいな、何かそういう構図ができていてすごく複雑だなと思いますね。
   
河野 :  私は「反貧困ネットワーク大分」の事務局長をやっていますが、これまで講演会や相談会を開催してきたのですけれども、貧困問題は地方独自で変えていくのが難しい状況だと思います。
 雨宮さんは全国の反貧困ネットワークの副代表ですが、地方での活動についてアドバイスをいただければと思います。
   
雨宮 :  楽しくやるのが一番だと思います。貧困と言った瞬間にすごく重くなっちゃっているんですよね。労働とか貧困とか格差と言った瞬間に。だからいかにそれを「あなた自身が考えることなんだよ」と表現するか、私はそこを気をけていて、当事者に伝わる言葉で語るということと、悲惨な話が多いので自分自身も押しつぶされそうなときがあるんですけれども、だからといって暗い感じでやっていると続かないし、周りからはただどんよりしている人の集まりにしか見えない。だから自分たちが由にやりたいことをやるのをすごく大切にしています。今日は私たちのデモのDVD を持ってきました。プレカリアート運動、反貧困運動というものですけれども、2006年ぐらいから福岡とか東京・大阪・京都・北海道・仙台で、フリーター当事者によって組合がつくられて、毎年メーデーの時にデモをしているのですが、その時の映像を今日は持ってきています。ちょっとそのDVD を見ていただこうかなと思います。
   
― DVD 映像視聴―
   
雨宮 :  はい、ありがとうございました。これが私にとって反貧困運動・プレカリアート運動です。労働運動でもあり、生存運動でもあり、文化運動でもあると思っているんですね。やはりそういうものがないとなかなか楽しくできない。厳しい現実があるからこそ時々大暴れしてやっていかないと自分たちも続かないです。あのデモ隊の中のホームレスの人やネットカフェ生活していた人たちが世の中からないものにされてきたのが日本のこの20年間の現実ですけれども、自分たちはここにいるぞ、生きているぞと言うだけでも何かものすごいことだなと。自分たち的にはそうだし、見た人たちもまさかフリーターの人たちがこういう要求をするなんてびっくり、というものがあると思うので、年に1回街頭に出て大暴れするというのはすごく重要なことじゃないかと思いますね。
   
河野 :  今映っていたのはフリーター労組の方が中心ですか?
   
雨宮 :  そうですね。フリーター労組が呼びかけてやっているメーデーです。
   
河野 :  雨宮さんの本を読ませていただいて、フリーターの方はこれからも増えていくだろうと思いますが、私もこれからますます非正規労働問題に取り組んでいきたいと思っています。
 さて、今「ナショナルミニマム研究会」の委員になられているということですけれども、「ナショナルミニマム研究会」は国の機関ですね。雨宮そうです。厚生労働省。河野この研究会はどういうことをされていますか。
   
雨宮 :  政権交代してちょっとしたらいきなり長妻さんに指名されて委員になりました。その研究会はいろんな試算とかをしているんですね。今は最低生活費についての試算をしているということです。でも、大臣が長妻さんじゃなくなったので、ここしばらく会合ができていなくてどうなるんだろう…という状況です。
   
河野 :  民主党政権の現状を表していますね。
   
雨宮 :  そうですね。私、今スクープのようなことを言っているかもしれませんね(笑)。
 私はこの研究会で、日本のホームレスの定義が狭すぎるという話をしました。政府の定義だと「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」だけですね。ネットカフェ難民は入ってないし、派遣切りにあってサウナとか友だちの家に居候しているとかそういう人も入ってない。でもヨーロッパではもっと定義は広いです。飯場みたいなところにいる人とか友人、親戚宅にいる人、ドヤみたいな安い宿泊施設に泊まり続けている人も全部ホームレスの定義に入る。
 あと、ナショナルミニマム研究会では、「今、若い人にお金をかけると将来的には国の財政にとってもいい」というような試算も出しています。例えば18歳の高卒男性に2年間国が500万ぐらい出して、職業訓練と生活費を出して65歳まで正社員で就職できた場合と、就職できずに65歳まで生活保護を受け続けた場合の金額を試して、そしたら最初に500万投資したほうが国の財政にとって1億円以上のプラスになる、そういう試算も出ました。
   
河野 :  雨宮さんも委員として社会保障の全体像の議論をしたりご意見を言ったりするんですか。
   
雨宮 :  全体像はちょっと難しいですね…。ナショナルミニマムというもの自体がすごくマニアックなので、学者の方ばかりで実際に話されているのを聞いてもたぶん普通の人はわかんない。私も分からないところが多々ありますよ。
   
河野 :  そうですか。日弁連では6年前から生活保護問題や労働の貧困の問題に取り組んできて、去年は子どもの貧困問題で人権大会を行いました。今年はいよいよ総決算という感じで日本の社会保障のグランドデザインの問題に取り組もうとしています。政権が代わって大臣がいろんな事を言い始めていますが、社会保障の全体像については何かお考えがありますか。
   
雨宮 :  その前に、その日弁連が描こうとしているグランドデザインの方向性は?
   
河野 :  それはこれから決めていくところです。
   
雨宮 :  じゃあ河野さん個人の方向性は?
   
河野 :  所得の再分配、あるいは労働分配率をまず変える必要があるのではないかと私は思います。そうしないと、生存が保障されないということになる。
 私は法律の世界に憲法から入ったような人間ですが、個人の尊厳を柱にして社会保障のあり方を考えていくということが必要だと思います。消費税にしても、食品など生活必需品に消費税を掛けるのは論外で、消費税ももっと段階的にして、例えば価格が1,000万円以上については10%、あとは0というふうにすればいいんじゃないかとか思いますね。そんな意見を今年1年間で日弁連の中でたたかわせていくことになります。
   
雨宮 :  一番問題だと思うのは、今の社会保障が「正社員で、終身雇用で、右肩上がりで給料が上がっていくお父さんと専業主婦と子ども2人」みたいな標準家族をモデルとして設計されてますよね。私は単身のフリーターや単身で非正規雇用の人の支援とか取材をすることが多いので、標準家庭のモデルから離れた方がたちまちホームレス化のリスクを追わされてしまう状況というのは、今の社会保障の欠陥の一つの象徴だなと思いますね。
 国勢調査が去年あったじゃないですか。あれの詳しい結果はまだ発表されてないと思いますけど、2005年の国勢調査では日本で一番多い世帯が一人世帯になっているんですよね。29.5%が単身の一人暮らしの人で、夫婦と子どものいる世帯が29.9%で、この数字が2010年の国勢調査で逆転するんじゃないかと言われています。単身世帯がどんどん増えているし、いろんな試算を見ると2030年ぐらいには4割ぐらい単身世帯じゃないかとか、あと生涯未婚率もすごく上がっているわけです。2005年調査の「夫婦と子どもがいる世帯」も、小さい子ども、小学生とお父さんお母さんではなくて、30代、40代の息子や娘が非正規雇用だからなかなか自立ができずに実家に住んでいて親は50代、60代、70代だとか、かなり年代が上がってきています。
 そういう変化を前提に話をしないと現状とまったく違うところで社会保障が設定されているから、そこからもれている非正規雇用の人とか一生単身とかいう人がとんでもなく大変な生き方をしないといけないというところで、考え直さなくてはいけないと思っています。いろんな要因によって従来の生き方というもので生きている人は少ないですし、自由な生き方ができるように言われてきたわりには、自由な生き方をしたことによってとんでもないツケを払うみたいな社会になっている。まずそこから考え直したいというのが私の意見ですね。
   
河野 :  確かに個人単位で社会保障を見直す必要があるでしょうね。
   
雨宮 :  子どもの貧困もそうだと思います。子ども手当を親が勝手に使っちゃってみたいな、そういうバッシングもよくあります。だから子ども手当なんてやめろ、というふうにも言われてしまう。個人を前提にして考えないとなかなか制度が追いつかなくなっていくのではないかと思いますね。
   
河野 :  ありがとうございます。参考にさせていただきます。最後になりますが、今日は弁護士法人おおいた市民総合法律事務所のイベントということで来ていただいております。「生きさせろ!」を読ませていただいて、弟さんの過労の問題で弁護士に相談をされた場面が出てきます。また、雨宮さんの活動の中で法律事務所とか弁護士とのかかわりも多いと思いますが、弁護士に対してはどういう印象を持たれて、どういうことを望まれていますか。
   
雨宮 :  弟は家電量販店に勤務していて今33歳ですが、2000年の大学卒業の時、すごく就職事情が厳しかったんです。大学卒業してフリーターになってそのあとに家電量販店に契約社員として働いていたんですね。1年後に正社員になったときに「労働組合には入らない」「残業代は出ない」「ボーナスは出ない」、その3つを書いた誓約書を書かされて、1日17時間労働がずっと続いて、これは死んでしまうと思って、それで労基署に親が相談して弁護士にも相談したのですが、弟の意志がその会社で働き続けたいということだったので弁護士からは何ともやりようがないという頼りない回答を受けたことはありますね。
 それと、現在、マガジン9というネットで連載してるんです。そこでよく生活保護のことについても書いてるんですが、そしたら昨日、「生活保護申請同行の法律相談」とかいう広告が連載ページの下の方に出ていて、何だろうと思って行ってみたら、弁護士事務所の広告で、「申請率100%」というふれこみで生活保護の申請に同行します、というサイトだったんです。ネットカフェ難民や貧しい高齢者の方をターゲットにしているような感じだったんですが、着手金が1万円で成功報酬が4万2,000円、分割払い可能とか書いてあって、そういう弁護士事務所のサイトを発見してすごくびっくりしてるんですけれども。これ、明らかに貧困ビジネスですよね。
   
河野 :  貧困ビジネスです。そういう悪質な弁護士が増えてきて弱者をターゲットにビジネスにしようという動きがあると思います。
   
雨宮 :  自分の記事の下に出たというのがすごく嫌で、どうにかできないかと困ってます。ネットカフェ難民を食い物にする弁護士もいるんだなと驚いています。でも、河野さんは貧困問題をまったく無償でやられているわけですよね。
   
河野 :  生活保護の支援ネットワークの活動はまったく無償でやっております。
   
雨宮 :  反貧困ネットでも無償で活動している弁護士さんたちがいるのでそういう人に相談するといいよといつも当事者の人たちに言っていますけれども。でも、一方で食い物にする弁護士がいるから油断できない。
   
河野 : 河野弁護士  そういう人は広告が上手ですから、知らない人はつい相談に行ってしまうという問題がありますね。本日はいろいろとお話をうかがうことができました。本当にありがとうございました。
   
  雨宮処凜(あまみやかりん)
1975年、北海道生まれ。2000年『生き地獄天国』(太田出版)を出版し、デビュー。
著書に『生きさせろ!難民化する若者たち』(太田出版・日本ジャーナリスト会議賞受
賞)、『ワーキングプアの反撃』(七つ森書館・福島みずほ氏との共著)、『雨宮処凛の
「オールニートニッポン」』(祥伝社新書)、『プレカリアート』(洋泉社新書)など多数。
現在は生活も職も心も不安定さに晒される人々(プレカリアート)の問題に取り組み、
取材、執筆、運動中。フリーター全般労働組合組合員、反貧困ネットワーク副代表、
「週刊金曜日」編集委員。
   
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