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おおいた法曹界見聞録(弁護士河野聡の意見)
   「弁護士と依頼者の関係もやはり消費者問題!」
 
消費者契約法とは
 
資格商法やマルチまがい商法などの悪質商法から、消費者を守るための基本法『消費者契約法』が2001年4月1日から施行された。この法律は、事業者が重要な情報を提供しないで消費者に契約させたり、長時間勧誘した末に契約させたような場合に契約を取り消せるとか、契約の内容が消費者に不当に不利益な場合はその契約条項は無効となる、といった内容を盛り込んでいる。
   
これまで裁判所は、経済取引の安定の方に重きを置いて、消費者の救済に冷淡だったのだが、この法律によって大きく状況が転換することが期待できるので、日頃、消費者問題に取り組んでいる弁護士としては、大歓迎である。
弁護士と依頼者の関係もやはり消費者問題!
しかし、実はこの法律は『事業者』と『消費者』の関係を幅広く規定しているので、悪質商法と消費者という関係だけでなく、『専門的職業』全般を規律することになる。そのため、『医師』と『患者』、『弁護士』と『依頼者』などの関係も『消費者問題』として扱われ、『消費者保護』が徹底されることになる。したがって、この法律の制定によって、事業としての弁護士業についても、大幅な発想の転換が要求されることになる。
 
従来、医療過誤事件や弁護士過誤事件が消費者問題だと認識されることはあまりなかった。しかし弁護士は、事件の受任の際の条件交渉の段階でも、事件処理の面でも、一般市民との関係は絶対的に優越した立場にある。むしろ、専門家であり、資格が制限されていて人数も少ないことから、悪質商法と消費者の関係よりも一層強い立場にある。だから、弁護士への委任の条件・内容の問題や、弁護士が誤った事件処理で依頼者に損害を与えた弁護過誤の問題なども、消費者問題として規律される必要がある。
 
事前の対応が肝心
 
これまで、ともすれば弁護士は「いろいろ言わずに私に任せなさい」といった態度で事件を受任し、その後の事件処理についても「任せた以上は口出しをしないように」といった態度だった。
 
しかし消費者契約法では、事業者は契約締結にあたって、消費者に重要な情報を提供しなければならないとされているので、これからは事件の見通しや報酬基準の幅などの点を、十分に説明しなければならない。また、事件が当事者の予期しなかったような経過となったからといって、依頼者が予想していなかったような新たな負担を要求することは難しくなる。
 
弁護士が消費者問題や医療過誤事件に取り組んで、企業や医師に対して厳しい説明義務や注意義務を要求してきたことが、今度は弁護士自身にはね返って来るわけだが、弁護士が自分自身を、弱者である消費者に対する強者であることを自覚することは、非常に意味のあることである。まず自らが消費者保護の範を示してから、初めて他者に対して消費者の保護を説くことができるのだから。『職人気質』を強調することも、もはや許されなくなるのである。
 
むしろ、このような法律ができることは、紛争の予防につながると思われる。
 
弁護士も全知全能ではないのだから、どうしても判断ミスによる弁護過誤や、書類の提出期限の遅れといった間違いは避けられない。そのような事態が生じた場合に、あらかじめ依頼者に対して誠実な態度で接し、事件の見通しを十分に説明するなどの姿勢を示しておけば、依頼者もむやみに弁護士のミスを追及したりはしないものだ。
 
医療過誤事件が訴訟になるのは、医師が横柄な態度で十分な説明をせず、自らのミスを隠蔽しようという姿勢に、患者が怒った場合だということを思い起こしてみる必要がある。
 
増える懲戒申し立て
 
以上のように、消費者契約法は弁護士と依頼者の通常の関係を律し、紛争を予防することに貢献するのだが、生じてしまったトラブルを解決する方法には、損害賠償請求による責任追及のほかには、弁護士に対する懲戒申し立てと紛議調停という制度がある。
 
いずれも弁護士とのトラブルを抱える市民が、弁護士会に申し立てる制度だが、懲戒申し立ては、法律や弁護士会が定める弁護士倫理規定に違反した弁護士に対して、戒告とか一定期間の営業停止、重い場合には除名といった処分を求めるものである。紛議調停は、弁護士との事件処理上や委任契約上のトラブルについて、『調停』をする制度である。
 
最近、市民の権利意識の高まりを反映して、このような弁護士懲戒や紛議調停の申し立てがなされることが増えている。
 
弁護士とのトラブルで多いケースは、弁護士が預かり金を使い込んでしまったとか、事件の相手方と特別な関係があったというような事案である。前者は問題外だが、後者については、大分のような狭い社会では、往々にして起こりがちな問題である。私も、離婚の相談を聞いていたら、つい数日前に委任を受けた離婚事件の相手方だったというような経験は何度かある。また、遺産分割の相談を聞いていたら、相手方が自分の友人だったという経験もある。このような場合に、たとえ自分ではその事件ごとにしっかり区別できると思っていても、当事者にしてみれば、自分の代理人が相手方と個人的に親しいなどと聞けば、不正を疑うのも無理はない。
 
いずれにせよ、公正さを疑われるような委任の受け方をしたり、当事者に不利益になるような行動をとらないように、いつも注意をしておかなければならない。
 
審査に市民感覚を
 
ただ、懲戒申し立てや紛議調停といった制度は、あくまで弁護士会内部の紛争処理制度であるから、その面での限界がある。どうしても仲間うちでかばい合うことになりがちなのだ。一応、懲戒委員会には、裁判所、検察庁、学者から1名ずつ委員が入っているが、市民感覚とはかけ離れている。政治権力の介入を許さない『弁護士自治』のため、弁護士会内部で審査するというのはやむを得ないが、それなら裁判所や検察庁、学者など入れずに、市民代表を何人か入れた方がよいのではないだろうか。苦情を申して立てるのは市民なのだから、審査に市民感覚を持ち込むことが公平な審査につながり、弁護士に対する信頼も増すというものだ。
 
私は10年以上、弁護士をしているが、これまでサラ金業者や業者団体以外から懲戒申し立てを受けたことがなかった。サラ金からの申し立ては、私の債務整理の処理方針に難癖を付けるような内容の申し立てであり、あまり気にしていない。
 
とにかくこれからも市民からはクレームを付けられない弁護士でありたい。
 
いつも依頼者と同じ目線で物事を考え、誠実に事件を処理するように努めていれば何も問題はないと自分に言い聞かせつつ、『消費者契約法』をよく読み込んで、くれぐれも自分自身が、『消費者被害』を生じさせないようにと自戒している。
 
掲載 : 月刊おいたん 1998.06
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弁護士法人 おおいた市民総合法律事務所