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おおいた法曹界見聞録(弁護士河野聡の意見)
   「不遜な特権家業、弁護士の弊害!」
 
裁判所に納める費用は安い!

日本では、なぜ裁判が敬遠されるのだろうか?
 
 ・費用が高い!
 ・時間がかかる!
 ・常識が通らない!

 
これが、裁判から市民を遠ざけている理由ベスト3である。
この認識は、かなり根強く浸透しており、そのため日本では、裁判所を通じての権利行使はよくよくの場合でなければ選択されず、紛争の解決には地域ボスが幅を利かせたり、事件屋がはびこったりといった状態を招いている。
 
今回は、この3つの裁判の弊害の中から「費用が高い!」という点の最大の原因となっている「弁護士費用」の問題を取り上げたい。
不遜な特権家業、弁護士の弊害!
 
離婚とか、土地の境界争いとか、貸金の請求といった市民間の争いごとで裁判を起こそうと思った場合に、どんな費用が必要になるかというと、まず裁判所に出す書類の印紙代と、書類を相手方に送るための切手代がある。
 
この印紙代は、金額の請求の場合には、請求する金額に応じて決まっている。たとえば100万円なら8600円、1000万円なら5万7600円、1億円なら41万7600円という具合だ。金額を見積もれない、たとえば離婚だけを求めるような場合には、「95万円とみなす」ことになっていて、印紙代は8200円である。残りの切手代は、せいぜい数千円分を納めておけば足りる。
 
実はこのように、裁判所に納める金額は、意外に安いのである。
 
結局、高いと言われている裁判費用の中身は、弁護士への報酬がほとんどを占めているのだ。たとえば、大分県弁護士会が決めた最新の報酬基準によれば、離婚だけを求める裁判の場合、事件を依頼する段階で、原則として30万円以上60万円以下の「着手金」を支払わなければならず、首尾よく裁判で離婚が認められると、「報酬」としてさらに30万円以上60万円以下を支払わなければならないことになっている。土地の境界争いの場合も同額で、たとえ10センチの境界争いで、土地の価値が1万円でもこの基準となる。
 
また、金額の請求をする場合は、たとえば離婚訴訟で慰謝料の請求が1000万円の時、着手金の基準は59万円、報酬は118万円ということになっている(ただし30パーセントの範囲内で増減が可能)。
 
ベールに包まれた弁護士費用
 
民感覚からすると、これらの金額はかなり高いと感じるだろう。このように弁護士費用が高い原因は、第一に、裁判に無駄が多すぎて、弁護士が1件の裁判にかけなければならない時間と労力が大きすぎるという事情がある。裁判がもっと効率よく処理されれば、弁護士は今より多数の事件を処理でき、単価を引き下げることができるはずである。裁判の無駄については、改めて取り上げたいと思うが、最大の無駄は、細切れの審理を1、2カ月に1回開いて、延々と裁判を続けることによる無駄だ。
 
第二に、弁護士が裁判を独占し、特権化していることも原因である。裁判が市民に分かりやすいものになり、市民が自分の手でどんどん裁判をするようになれば、弁護士費用は必然的に下がるだろう。
 
弁護士費用に関しては、額の問題もさることながら、基準の幅が大きくて、弁護士によって差がありすぎる点も問題だ。だから市民としては、「幾らと言われるか分からない」ことに恐ろしさを感じ、弁護士の所に足を運ぶことをためらってしまう。
 
内情を打ち明けると、実は弁護士自身、ほとんどの人は弁護士会の報酬基準をあまり見ない。中には一度も見たことがないという人さえいる。だから日常の業務の中で、何となく直感的に着手金と報酬の額を自分で決めてしまっているのである。そのため、日弁連の報酬基準の幅よりもさらに広い幅で、弁護士によって金額にかなりの差が生じてしまうことになる。
 
離婚だけを求める裁判事件の場合、同じ事件で20万円という人もいれば、80万円という人もいるというのが現実だ。そして、必ずしも80万円を取る人の方が熱心に処理してくれるわけでもないから困るのだ。しかも、どの弁護士が20万円で、どの弁護士が80万円なのか、市民は知る由もないので、不審は増幅することになる。
 
少しでも安い料金設定の弁護士を探そうとすれば、基本的には弁護士の相談料は30分で5千円から1万円ということになっているので、弁護士事務所を何カ所か回り、「こういう事件ではおたくの事務所では幾らですか?」と聞いてみる以外に手はないのである。
 
門前払いの”少額事件”
 
「少額事件」における弁護士費用の問題も重要だ。3万円とか10万円とかいった低額の争いの裁判のことである。弁護士にしてみれば、3万円の裁判も1000万円の裁判も、手続きにかかる時間や労力は実はさほど変わらない。だから、着手金や報酬をたくさんもらえる事件の方をやりたがる。少額事件ではペイしないため、断る弁護士も多い。「これぐらいの金額で裁判をするのは無駄だよ」などと言って、当事者に裁判を断念させようとする弁護士も多い。
 
けれども少額事件の中には、社会的な弱者がその弱みにつけ込まれて訴えられていたり、逆に弱者が僅かな金額でも泣き寝入りしないで訴えたいと望んでいるような場合が多い。そのような事件を受けなくて、どうして「社会正義を実現する」弁護士と言えるだろうか。裁判の代理を独占している以上、このような事件も合理的な価格で受けることは、当然の義務というべきだろう。
 
先日も、東京の悪質な取立屋の会社から、大分の貸金について東京の裁判所に32万円を請求する裁判を起こされた老人が相談に来た。私は老人の苦しい生活状態を聞いて、着手金1万円でこの事件を受けた。経済的にペイしないからといって依頼を断れば、この老人は裁判所に出ていくこともできず、一方的に判決を取られ、この悪質な取立屋から家財道具の差押えを受けることになるだろう。少額事件の放棄は、社会的弱者の切り捨てに他ならない。
 
また少し前になるが、交通事故で壊れた車の修理代11万円を加害者に請求したが、加害者が払おうとしないので裁判をしたいという依頼を受けた。その人はふたつの法律事務所で「費用倒れになるからやめておきなさい」と断られたとのことであった。こういう事件を弁護士が受けないとなれば、被害額の少ない交通事故では、被害者は泣き寝入りをしなければならないことになってしまう。
 
弁護士が、本当に市民から必要とされる時に一肌脱ぐことができなければ、また市民が納得できる弁護士費用を設定する努力などをしていかなければ、弁護士という職業は、将来生き残ることはできないだろう。
 
掲載 : 月刊アドバンス大分 1995.11
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弁護士法人 おおいた市民総合法律事務所