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おおいた法曹界見聞録(弁護士河野聡の意見)
   「依頼者との難しい関係」
 
弁護士をしていて、一番気を使い難しいのは、自分と依頼者との関係だ。弁護士の中には確実な紹介者がいなければ相談を受けない人もいるが、大半の弁護士は弁護士会から回ってきたり、電話帳などで見て電話をかけてきた『一見さん』の相談を聞き、依頼を受けるかどうかを判断する。だから、最初は相談者がどんな性格の人なのか全くわからない。
依頼者との難しい関係
弁護士の場合、医師とはちがって、依頼を受ける義務があるわけではないが、一通り相談を聞いて、主張がもっともだと思えば依頼を断ることはしにくい。自分のポリシーに反する事件、例えば暴力団員の刑事事件の弁護とか、サラ金会社の取立訴訟の依頼などははっきりと「自分はそういう事件はやりません」と言えるのだが、ごく普通の土地争いとか、離婚事件などは断る理由も無いし、ちょっと複雑な事件でも「今、他の事件で忙しいから、時間がない」といって断れるのはベテランの弁護士だけ。
 
主張が法律的に成り立たない場合や、客観的な証拠がまったくない場合は「あなたは勝てないから、私が委任を受けても、あなたの利益にならない」と言って断れるが、そうでなければ一応受任を前提に話を進める。まして、自分がライフワークとして取り組む消費者被害事件の相談であれば、証拠がなくても何とかしてあげたいという気持ちで話を聞くことになる。
 
こうして事件を引き受けた依頼者の中には、ごく一部ではあるが、非常に困った人たちがいて、弁護士を消耗させることがある。困った依頼者とは、弁護士のアドバイスに従わないで勝手な行動をとる人、弁護士は金で雇っているのだから自分の思いどおりに動くのが当然と思っている人など、いろんなケースがあるが、一番困るのは自分の考えに凝り固まった人だ。
 
自分の主張だけが正しく、相手方の言っていることなど嘘ばかりだから、まったく顧みる必要はないという態度をとり、自分の主張の弱点を突っ込まれると怒りだす。相手方が書類とか写真などの客観的な証拠を出してくると「これは偽造だ」などと言い出すこともある。こういう人に限って控訴で敗訴すると、批判の矛先が弁護士に向けられる。弁護士が自分の主張をしっかりと伝えてくれなかったから負けたというのだ。
 
裁判では、証拠がじゅうぶんでないからといって和解を勧めても、自分の満足しない内容では頑として折れようとしない。弁護士としては、このような人には、会うたびに繰り返し「今の証拠では勝てない」とか「相手の主張も筋が通っている」などと説明するが、本人はあまり意に介しておらず、それを何とかするのが弁護士の仕事だぐらいに思っている。
 
こういう依頼者の事件は、勝手も負けても、弁護士としては非常に後味の悪い思いをする。
 
最近、実際にあった事例だか、注文して建てた家が欠陥住宅だから損害賠償を請求したいという相談があった。床は波打ち、壁は傾き、建物全体が傾いているというのである。欠陥住宅被害は最近いたるところで問題となっており、新たな消費者被害事件として注目されている。私としても、こういう問題に取り組まなければという気持ちがあるので、着手金などももらわずに、とにかく建物を見に行った。確かに床は波打っているところがある。しかし、依頼者が「ほら、壁が傾いているでしょう」「建物全体があんなに傾いているんですよ」などと指摘するのを見ても、自分ではまったくそう感じないのである。そこで本人たちに、「建物が傾いているとすれば、それが一番重大な問題だから、費用は若干かかるけれど、専門家に頼んで計測してもらいましょう」と勧め、知り合いの土地家屋調査士に頼み、安い費用で無理を言って建物の傾きを機械で計測してもらった。
結果は、まったく傾いていないということだった。
 
ところが、その結果を伝えると、「そんなはずはない。あんなに傾いているのに」とか「測量が間違っているに違いない」とまったく受け入れようとしないのである。こんな態度では、到底、依頼者との信頼関係を築いて、いっしょに裁判でたたかっていくことなどできない。おそらく、この依頼者は建物の中のいろんな欠陥が気になって仕方なくなり、建物全部が歪んで見えるようになってしまったのだろうが、科学的に分析した事実に目を向けないようではだめだ。
 
そこで私が「これ以上あなた方のために活動することはできない」と言ったら、悪態をつかれたうえに土地調査士に払うために持ってきたはずの費用も持って帰ってしまった。
 
きっと、その後もあちこちで私の悪口を言っていることであろう。
 
『弁護士は世の中の4分の3を敵に回す仕事だ』とはよく言ったものだ。相手方になった半分の人からは嫌われ、残り半分の依頼者のうち、敗訴した人からも悪く言われるのだから……。
 
それでいて、勝訴した依頼者からも、必ず感謝されるわけではなく、勝って当然といった対応をされることもある。
 
だから、弁護士費用のことも事前によく説明しておかなければ「勝って当然なのに」とか、「報酬の話なんて聞いていない」とか言われて、報酬をもらえないこともある。
 
以前あつかった過労死の労災申請事件だが、過労死で夫を亡くした奥さんからの相談だった。社会的な意義がある事件なので、3人の弁護士で担当。着手金は10万もらっただけで、本人や同僚の陳述書を作ったり、医師に意見書を依頼して書いてもらったりした結果、労災補償が認められ、一時金とその後の年金が支払われるようになった。
 
ところが、労災認定後に報酬の話を持ち出すと、急に態度が変わり「そんな話は聞いていなかった」「弁護士にしてもらわなくても、自分でしても認められた」などと言って、こちらから弁護士費用の仕組みなどをていねいに説明した手紙を送っても、ナシのつぶて。結局、報酬はまったく支払ってもらうことができなかった。
 
こんな経験をしてきたから、人を見る目はかなり養われた。ちょっと難しそうな人には、最初からじゅうぶんに自分の考えを話して、「私の考えと合わないならば、他の弁護士に相談してください」と言えるようになった。
 
また、事前に解決の見通しについて、しっかり説明するようになった。
 
ただ、慎重になりすぎて、本当は早く委任を受けてあげた方がよい事件でも、見た目がちょっと難しそうな人だと、腰が引けてしまう事もある。
 
弁護士は人間が好きでなければできない仕事だし、私自身も人間が好きだから弁護士をやっているのだが、相手にもその気持ちが伝われば、どんなに楽だろうと思う。
 
掲載 : 月刊おいたん 1998.03
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弁護士法人 おおいた市民総合法律事務所